イタにち日記。

イタリアでの生活、外から考える日本のこと、感じたことをつれづれ書いています。   何よりも数年後の自分自身がこの感覚を忘れないように。

ゴミ箱で見てしまったもの。

 

暑い。

暑い暑い暑いミラノ。

沿岸エリアと比べて湿度も高く、

夜もなかなか気温が下がらない。

それでも今年もエアコン使わずに乗り切れるかも。

文明への抵抗みたいでアホくさいけど(苦笑)

 

さて、イタリアは、環境先進国のヨーロッパらしく

ゴミの分別は日本より進んでいる。

 

ざっくり、堆肥になる生ゴミ(アイスの棒など土に還る系全般)、

プラスティックと缶やアルミ、

瓶類、紙類、そしてその他分別不能類。

この土に還る系のゴミを入れる袋も

厳しく決まっている。

パラッツォ(マンション)で集約したものを

ごみ収集車が回収していくのだが、

定期的に抜き打ち検査があって、

正しく分別できていないパラッツォは罰金を払う。

 

私は前にも書いたかもしれないが、

この手の意識は怠らないようにしている。

20年後にホウキ片手にゴミ集積所で

チェックしてるオバハンになるかもと

危惧しているくらい。

 

この、パラッツォのゴミ捨て場に日々捨てに

行くわけだが、

紙類のゴミ箱を開けた時に、

ショックな物を見てしまった。

 

 

それは、

使用済みナプキン。

それも広げたまま。。。

 

紙オムツや生理用品は分別不能ゴミ。

捨てる所を間違えているだけでなく、

なんというか、広げたままって…

しかも山盛りの紙ゴミの一番上に。

 

日本でも、公共のトイレを使うと、

稀に世の中にはこの手の感覚の持ち主がいる

ということを認識させられることはある。

 

でも、それをトイレの、

しかも女性トイレで見てしまうのと

この家に住んでる人が全員開け閉めする

ゴミ箱で見てしまうのとはショックが違った。

 

ここ最近、生ゴミの方にも

プラスティックが捨てられてたりと

ゴミのルールが理解できていな人が引っ越してきた様子。

それはイタリア人ではない。

 

自分だと思われたらやだな…という小心者。

イタリア語が理解できない、

しかもコモンセンスと言うべきか、

感覚を共有できていない人を受け入れるということは

簡単ではない。